第一話 とろける指先

 バレンタインスペシャル企画

アクセサリーが繋ぐ、あるひとつの物語
- A story about Valentine's day -
全4話(1話完結型) 完全オリジナルストーリー

それぞれの物語の中に
whoseAのアクセサリーが潜んでいます。
バレンタインに限らず、大切な人と過ごす時間や
大切な思い出に触れる
小さなきっかけになりますように。

 

 

第一話

とろける指先 

 

 

爪の先に、 ぽたんと細やかな刺激を感じた。 水滴が落ちてくるような、 小さな刺激だ。 午後のまどろみの中でそれは少し無機質にも思える夢だった。
真っ暗な背景の中で、 人差し指の先にぽたんぽたんと落ちてくる水滴。 それは細く指を伝 って中指との間の窪みに水たまりを作る。

 

ぽたん。 ぽたん。 ぽたん。

 

夢だと思っていた水滴の音が、 現実の音だと認識するまでにしばらくかかった。 少し休憩しようと思ってソファーに座ったところまでは覚えているが、 そこからの記憶が ない。 どうやら眠ってしまったようだ。
むくりと起き上がって、 水音の正体を探す。 キッチンの蛇口だ。 ちゃんと閉めたと思って いたけど、 ゆるかったらしい。
まだ気だるい体を引きずるようにして、 キッチンに向かいあくびをしながら蛇口をひねっ た。
首を鳴らして、 肩を回し、 小さく「よし」と声を出した瞬間、 横のドアからジャーっという 音が響いて心臓をすくませた。

 

「あ、 起きた?トイレ借りたよ」

なんでもないような声で、 見慣れた顔が現れる。
ということは、 こいつが蛇口の犯人か。

 

「蛇口、 ちょっとゆるかった。 水が、 落ちてきて...ふわぁー」

 

指摘しようとしたのに、 気の抜けたあくびによってかき消される。 駄目だ。 眠い。 眠すぎる。
最近、 仕事をハードに詰めすぎていたことに今更になって反省する。

「最近忙しそうだね。 ちゃんと寝てるの?」


ごしごし目をこすると、 恋人がその手をやんわりと止める。 心配そうな顔が愛おしい。 合鍵を渡しておいて良かった。 疲れ果てている日の寝起きに、 恋人の顔が見られることの 幸せが、 心に満ちていく。

「チョコ食べる?デパートの前を通ったんだけど、 なんか凄かったよ。 バレンタインの催事 なのかなぁ。 色んなお店があってさ。 まだ寒いのに外で頑張って売ってるからつい買っちゃった」

 

勝手知ったる感じで冷蔵庫を開け、 入れておいたのであろうチョコレートの箱を出す。 確かに、 疲れた頭と体は甘いものを欲していた。 これは嬉しいプレゼントだ。

「ありがと。 食べる」

開いてくれた包みの中には綺麗に整列する生チョコレート。 何も考えないで一粒摘んでぽいっと口に入れると、 ココアの粉を溶かしていくようにチョ コレートがゆるりとほどける。

「うまぁー」

ココアがついた指をペロリと舐めて、 すかさずもう一粒つまもうと腕を伸ばす。 目の前の顔が少し引きつっているのに気がついた。

「どうした?」

「それ、 チョコでベッタベタにしないでね!?」

それ?と思って、 指さされている自分の中指を見やる。 水滴が連なったような、 優しいフォルムのシルバーの指輪だ。

「あれ、 これ?」


見覚えはある。 めちゃくちゃある。

「いつも着けてるやつじゃん」


指輪から視線を上げると、 少しだけ気まずそうに視線を泳がせる。 この人が本当に欲しい指は、 中指じゃない。 人差し指でも、 小指でも、 親指でもない。

 

...お揃いっていうのも良いけど、同じものを一緒に使うっていうのも良いよね」

気まずさを振り払うように、 明るい声を出すのが少し切ない。

 

一緒にいられるなら、 どんな形でも良い。
目の前に、 恋人がいてくれるなら。 ただそれだけで満足だと心から思うのに。

 

いつも恋人が指に着けているシルバーのリングが今、 自分の指にある。 夢の中の水滴の正体はこれか。
ほろ苦いような気持ちが移ったのか、 思わず意地悪な声が出る。

 

「最初、 人差し指に着けようとしたよね」

「君の人差し指が細すぎたんだよ」

それじゃあ、 薬指には付けられなかったね。
と言うのは意地悪すぎると思ってやめた。

 

「チョコ食べたら出かけない?」

「え、 どこに」

「一緒に使える指輪、 もう一個買いに」

 

 

二人が一緒に使える指輪は、 薬指には着けられない。


それがわかっていても、 二人が共有できる何かが欲しい。
そう思った。

借り物でも、 お揃いでもなくて、
二人が同時に持っていられるような
...何か。

 

もう一つチョコレートをつまんで、 口に入れる。

ほどけて、 ゆるまって、 気づけばちゃんと笑えている。

 

「一緒に暮らそうか」

 

その言葉はほとんど無意識だった。

 

 

 

 

- end -

 

 


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