第二話 ほどける初恋
バレンタインスペシャル企画アクセサリーが繋ぐ、あるひとつの物語
- A story about Valentine's day -全4話(1話完結型) 完全オリジナルストーリー
それぞれの物語の中にwhoseAのアクセサリーが潜んでいます。
バレンタインに限らず、大切な人と過ごす時間や
大切な思い出に触れる
小さなきっかけになりますように。
第二話
ほどける初恋
生まれた時から細い糸みたいなもので繋がっていて
運命の人が一目でわかったら良いのに。
糸の先には頑丈な金具が付いていて、それは永遠に壊れることはない。
「この人が運命の人です。 この恋以外で幸せになる道はありません」
と言い切ってもらえるなら、諦めもつく。
そうすれば、
好きになっちゃいけない人を好きになったりしないのに。
見慣れすぎてしまった田舎の風景も
あと数日だけかと思うと少しだけ感慨深く思えてくる。
どこまでも広がる田んぼには、近くの澄んだ川から水が引き込まれていて心地よい水音がする。
山のふもとまで続く真っ直ぐな道を歩き、
この田舎の音を聞きながら思い出すのは年上の幼馴染の優しい声だ。
『大丈夫、 燃えたりしないよ。 もう泣かないで』
小さい頃、 あの山の向こうに見える夕焼けが怖かった。
燃えるように真っ赤な夕焼けがそ のまま山を飲み込んでしまうのではないかと泣いたことがある。
何度も頭を撫でてくれた感触まで鮮明に思い出して、胸が苦しくなる。
その声はほんの数年前まで、いつもすぐ近くにあったのに。
年上の幼馴染は就職を理由に一人で都会へ行ってしまった。
残された方は、 この見慣れすぎた田舎の風景が目に映るたびに思い出がよみがえり、 今すぐに会いたい気持ちでもう何度も打ちのめされている。
でもそれもあと数日だ。
その人の後を追うように都会での進学を決めた。
これでまた一緒にいられる。
期待に胸を膨らませていたのは、 その後の数時間だけだった。
家に帰ると、 リビングから両親の笑い声が聞こえる。
誰か来ているようだ。
ドアを開けると母が顔を上げ、 こっちへいらっしゃいと視線を送ってくる。
両親ともう一人がダイニングテーブルを囲んで座っていた。
振り向いたのは、 あの人だった。
「やっほー。 久しぶり」
『もう泣かないで』 と言ってくれたあの優しい声のままだ。
「どうしたの」
自分でも思っていなかったほどぶっきらぼうな声が出た。
久しぶりに会えた嬉しさを隠そうとするほど、表情がなくなっていくのが自分でもわかる。
コーヒーカップを持つ手首に少し無骨なシルバーのバングルが見えた。
一方は輪になっていて、もう一方がフックのような形状になっている。
それが手首の真ん中で固く結び合っているのを見て、さっき考えていた運命の人に繋がる永遠に壊れない金具のイメージがま た浮かび上がってくる。
なんの根拠もなく、あぁやっぱり、と思った。
やっぱりこの人が運命の人なんだ。
だってそうじゃなければ、 こんなにずっと好きでいられるわけがない。
そう思った気持ちは、 一瞬で崩れた。
「結婚することになったからさ。 その報告」
頭が真っ白になった。
母の口元が 「おめでとう」 の形に動く。
その隣で嬉しそうに酒を飲んで笑う父。
なんだか目の前の光景がスローモーションのように感じる。
まるで水の中に沈んでしまったみたいに音までがぼやけて響く。
頭の中を混乱が駆け巡っている。
逃げるように下を向いて三人を見ることをやめた。
「ありがとうございます」
全部夢なんじゃないかと思うのに、好きな人の幸せそうな声だけがクリアに聞こえてしまった。
その声が、これは夢じゃないんだと実感させる。
胸の奥でずっと大事にしていた白くて柔らかくてふわふわの雛鳥みたいな
『好き』 という気 持ちが、 心臓のあたりで少しずつ黒くなっていくようにじわじわと重みを増す。
誰にも気づかれないように唇の内側を噛んで、 気を抜いたら泣き出してしまいそうな自分 を必死に止めた。
「そろそろ帰るね」と言って、 席を立つその後を追う。
「送ってく」なんて、 自分でも全然似合わないセリフだなと思いながらそれでももう少しだ け一緒にいたかった。
田んぼの草の香りと流れ込む水の音がする道はいつも通りの日常の風景で、それがまだ混 乱の中にある頭を少しスッキリさせてくれた。
二人で並んで歩きながら、聞きたくもない惚気話を聞かされているうちに、それでも進学すればまたいつでも会えるということだけが救いのように感じられてきた。
恋人がどれだけ優しいか、 結婚式の計画について、 二人で行った旅行のこと。
恋人からプレゼントで贈られた手首のバングルのこと。
嬉しそうに話す姿がとても愛おしい。
今は無理でも、 いつか。
いつかは心から幸せを願えるようになればいい。
「結婚したら、 二人で実家に戻って家業を継ぐんだ」
なんだそれ。
耳元で血の気が引いていく、さぁーっという音が聞こえた。
ただでさえ暗い夜道が、 更に闇の色を深くする。
絶望に色がついたらきっとこんな色だ。
都会に行ったらまたたくさん会える。
誰かのものになってしまっても、少しでも一緒の時 間を過ごせるなら耐えられる気がしていたのに。
立ち止まり、「あのさ」と言った声は喉の奥で潰れたようにくぐもる。
好きな人は聞こえなかったのか、数歩進んでから首を傾げて振り返った。
雛鳥だったはずの 『好き』 の気持ちは、もう自分でも抑えられないくらいに大きくなって 今にも飛んでいきそうだ。
意を決して真っ直ぐに好きな人を見つめる。
明かりもないから表情が見えない。
だけど、 きっと微笑んでいるんだろうとわかった。
「...いいよ。 言わなくて」
今まで聞いた中でもひときわ優しい声だった。
もう飲み込めないほどの気持ちが苦しくて、 溢れるように涙が流れた。
こっちの表情も見えないのはわかっていても、 見せたくなくて真下を向く。
「やだよ。 言わせてよ」
見せたくなかったのに、 泣いているのが丸わかりの声が出た。
恥ずかしくて、 このまま逃げ去ってしまいたいけれど育てすぎた恋心がそうさせてくれない。
両足を踏ん張って、 意を決して言葉を発しようとした時だった。
「聞いたら、 知らないふり出来なくなるじゃん」
優しい声なのに、 突き放すように響く。
いきなり透明な冷たいガラスの壁を一枚突き立てられたようで、 とても心細い気持ちになった。
「知らないふりしないでよ...」
絞り出した声は、もう懇願だった。
お願いだから、聞いて欲しい。
どうしても知ってもらいたい。
もう限界だと、無かったことになんて出来ないと心が叫んでいる。
確かにここにあるのだと、存在証明をするように心臓がどくどくと脈打つ。
「好きだよ。 ...ずっと好きだった。 大好きだよ!!」
何もない真っ暗な道で、 自分の声が反響する。
ものすごく虚しくて、 ものすごく寂しい。
好きな人はもう、 自分に気持ちを返してくれないとわかっているから。
聞きたくないと言われた自分の気持ちを、一番格好悪い形で見せてしまった。
こんな子どもの癇癪みたいな方法で、 大好きな人に心を押し付けた。
後から後から溢れてくる涙を何度拭っても意味がなかった。
どんな風に取りつくろっても、もう取り消しも後戻りも出来ない。
これで、 本当に終わりなのだと絶望がささやく。
「大丈夫。 もう泣かないで」
幼い頃に聞いたままの優しい声だった。
何度も心を支えてくれた声だ。
二人で夕焼けの中にいた時のように、優しく頭を撫でてくれる。
そうだ、 あの夕焼けの日に恋をしたんだ。
「ありがとう。 進学しても、 頑張ってね」
頭に触れていた優しい感触が遠ざかり、目線を上げるとその人はもう歩き出していた。
もう、 後を追ってはいけないことがわかった。
初恋は終わった。
欠片ひとつ余すことなく、 残り香すら連れ去ってしまうように
その背中は一度も振り返らないまま真っ直ぐな道に溶けて消えた。
end.
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